ブックタイトル週刊ダイヤモンド16年2月13日号_試し読み

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週刊ダイヤモンド16年2月13日号_試し読み

特集地政学◯超入門ランダが中継貿易で栄えた〝商社〟モデルなのに対し、自国で毛織物等を生産する〝メーカー〟、つまり工業国家でした。 ところが、英国内だけではどうにも市場が狭い。そこで、外に市場を求めて植民地を広げ、輸出の対価として金や銀を獲得します。これを重商主義と呼びます。 英国に遅れてフランスも重商主義による植民地政策を進めますが、英仏の植民地戦争には、英国が圧勝します。英国が優れていたのは、戦費の調達方法でした。 フランスはタイユ税という直接税を課したため、人民が疲弊して海賊行為をしているようなものです。 つまり、このオランダ東インド会社が武力によってポルトガルからアフリカや東南アジアの植民地を暴力的に奪い、日本にもやって来て貿易を求めました。 ところが、当時の江戸の人口はパリやロンドンより多く、識字率も高くて軍事力も欧米列強レベル。簡単に侵略されるような国ではありません。しかも食料自給率、エネルギー自給率共に100%の内需国でした。むしろ貿易で日本から銀が流出するのを避けるため、徳川幕府は長崎1港に貿易を制限しました。これが鎖国です。 オランダの覇権は約200年続きましたが、最後は英国に敗北し衰えてしまいました。 オランダに代わって覇権を握ったのは英国です。ポルトガルやオ大英帝国時代英国の発展を支えたイングランド銀行17C?19C鉄砲で圧勝したスペインは南北アメリカ大陸を植民地化。南米で世界最大のポトシ銀山を発見し、奴隷化した先住民に採掘させました。 その結果、銀は欧州に流れ込み、価格革命と呼ばれるインフレを引き起こしました。ぬれ手で粟で銀を手にしたスペインはフィリピン等のアジアにも進出。「太陽の沈まない国」といわれる繁栄を築いたものの、その繁栄は銀の枯渇によって、突然終わりを告げます。 次に台頭したのが、スペインから独立したオランダです。オランダは商業国家として立国したため、同じく商業国家のポルトガルと対立します。さてどうするか。 そこで設立したのがオランダ東インド会社です。会社といっても、傭兵を組織し、植民地での徴税権が認められていた特殊な会社でした。現在でいえば大手商社が傭兵隊を使って「鉄砲の伝来」ですね。 一方、西に進路を取ったのがスペインです。女王の命を受けたコロンブスは1492年にアメリカ大陸を「発見」します。 アステカ、インカの先住民に、02/13号 P039 図版サイズ W:141.25×H:89.75イラストレーターCS5 オーバープリント 済み 岡本赤道ポルトガルは南、スペインは西へ15世紀の覇権図と航路明オスマン帝国ポルトガル王国インカアステカスペイン神聖ローマ帝国コロンブスマゼランヴァスコ・ダ・ガマ日本ヴェネチア共和国アヘン戦争のきっかけになった三角貿易の構造英国茶・絹銀銀綿織物銀アヘン清(中国)インド清を腐敗させた悪の三角貿易インドを通して清から銀を接収39 週刊ダイヤモンド 2016/02/13