ブックタイトル週刊ダイヤモンド16年2月13日号_試し読み

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週刊ダイヤモンド16年2月13日号_試し読み

特集 地政学◯超入門中世を通じて同胞・異教徒を問わず、利子の徴収そのものを完全に禁じ、金融業を〝賤業?としてユダヤ人に押し付けた。シェークスピアの「ヴェニスの商人」に出てくる悪役の金貸し、シャイロックもユダヤ人である。 キリスト教社会で利子付きの賃借が徐々に認められるようになったのは13世紀ごろからで、16世紀の宗教改革以降、プロテスタント諸国で資本主義が誕生し、さらに産業革命によって経済が活発化するのに伴い、聖書が定める利子の禁止は空文化していった。 もっとも、このように時代を経るにつれ、聖書の教えですら解釈を変えていくのが、キリスト教の特徴の一つかもしれない。 例えばイエス・キリストは「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」と説いた。確かに、本来キリスト教は富の増大には否定的で、金持ちは死ぬ前に全財産を教会に寄付することで天国に迎えられると考えられていた。中世のカトリック教会が絢爛豪華なのは、こうした寄付による財力のたまものだ。 ところが、宗教改革で誕生したプロテスタントのカルヴァン派は、「救済する、しないは神がすでに決めている」とする「予定説」を土地を欲しがるのも、その土地からの石油を当てにしているから」と説明する。資本主義を生んだプロテスタントとカトリックの違い 一方、ユダヤ人の経済価値観は「その人の能力」であるというのが白取氏の見方である。古代から住む土地を追われ離散して暮らしていたユダヤ人は、物や土地がなくても、自分の能力一つで稼ぐことができると考えた。 ユダヤ教やキリスト教の聖典である旧約聖書では、申命記などに、兄弟(同胞)には利子を付けて金銭を貸してはならないが、異教徒には利子を付けて貸してもよいと書かれている。 ユダヤ人はこの〝教え?の下、同胞間でお金を融通し合い、一方で異教徒からは利子を取る金融業をなりわいにし、各国の貨幣を取り扱う両替や為替の技術にも自然と長じていった。 他方、キリスト教徒は唱え、神から与えられた職業(天職)に真面目に取り組み、利益を得られるのは神に認められている証拠であり、その結果得た利益は自堕落に使うのではなく、さらに努力して増やすことが神の心にかなう行動とされた。マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で、この考えが資本主義の原動力となったと論じている。 ちなみに欧州で債務危機に陥ったのはカトリックの国が多く、そこにプロテスタントの国であるドイツが規律を命じる構図となった。「一般に、プロテスタントは経済的な成功を救いの証しと見なすことができるという世界観を持つため、世俗的欲求と宗教的情熱が合体して、経済活動にまい進できる。その結果が、米国的な経済至上主義的な世界だ。しかし、ビル・ゲイツ氏やウォーレン・バフェット氏たちのように、心血を注いで得た巨万の富を、惜しげもなく手放す人も少なくない。一方、カトリック世界では、宗教世界と経済などの世俗世界は別であると考える。かといって彼らが決して無責任とか、怠惰であるというわけではない」と保坂教授は説明する。同じキリスト教でも、価値観は大きく異なるのである。ラクディナール(約4万8000円)を払って解放されたという。古代のルールを現代にも同じく適用しようというのは、まさしく原理主義者の発想といえる。 また、イスラム教は今でも「土地が富を生む」と考える傾向が強い。白取氏は、「古代のイスラム教徒は、彼らの地である砂漠が東西の交易に欠かせない価値ある道であることをよく知っていた。現代では、彼らの地から石油が採掘されるのだからなおさらだ。ISが45 週刊ダイヤモンド 2016/02/13アフロユダヤ教徒の帽子「キッパー」、「アッラー」と書かれたイスラム教のアクセサリー、キリスト教の十字架